太閤山荘概要
太閤山荘概要
太閤山荘(たいこうさんそう)は、かつて本阿弥光悦が開いた芸術村があった洛北鷹峯東方の地に構えられた山荘です。山荘は戦前に、生糸で財をなした川村湖峯の本宅として建造されました。
建物は1934年(昭和9年)建造の数寄屋建築であり、天然の北山杉のほか、現在では入手が難しい銘木が使用され、敷地内の庭の各所には巨石を配し、滝の石組みとともに凝った造りとなっております。
また、敷地の奥には小堀遠州好みの小間茶室「擁翠亭」(ようすいてい)があり、これはかつて、上京区の「擁翠園」内にあった茶室で、窓が13もあり、日本一窓の多い、とても貴重な茶室でございます。
山荘母屋内「上段の間(鎖の間)」は、古田織部の京屋敷の間取りを再現しており、上段の前に炉が切られている、大変珍しい造りです。
写真:狩野派 老松に孔雀図障屏画
狭い敷地ながら、貴重な茶室と母屋の保存に努めております。
建物は1934年(昭和9年)建造の数寄屋建築であり、天然の北山杉のほか、現在では入手が難しい銘木が使用され、敷地内の庭の各所には巨石を配し、滝の石組みとともに凝った造りとなっております。
また、敷地の奥には小堀遠州好みの小間茶室「擁翠亭」(ようすいてい)があり、これはかつて、上京区の「擁翠園」内にあった茶室で、窓が13もあり、日本一窓の多い、とても貴重な茶室でございます。
山荘母屋内「上段の間(鎖の間)」は、古田織部の京屋敷の間取りを再現しており、上段の前に炉が切られている、大変珍しい造りです。
写真:狩野派 老松に孔雀図障屏画
狭い敷地ながら、貴重な茶室と母屋の保存に努めております。